京ニ上ル

思いのままに踊る暮らしをはじめた矢先に、次の職が決まった。種をまいたのは俗世の自分といえど、踊り念仏が空念仏に終わり気恥ずかしい。それでも働くことにしたのは、職場が京都の庭園の中にあったからだ。
池泉回遊式庭園で働く。パソコンごっこに目が疲れても、窓には花梨の実、もみじの紅、水鳥と池、庭師と芝生。庭に出でて、池を見下ろす東屋で珈琲を一杯、どんぐりを拾ってオフィスに持ち帰る。こんな幸せがあるだろうか。毎日何時間でもいていいなんて。

かつて京都に住むことを決めたのは、住んでいないことに違和感を感じたからだが、それは日々の京都を自分の生活範囲におきたいという所有欲だったのかもしれない。借景である。

そんなこんなで伊丹に住みながら京都を借景に働く日々がはじまり1週間、朝のラッシュ1時間45分はしんどいが、夜は4kmそぞろ歩いて2時間半、室町通の着物問屋を冷やかしたり、イノシシの神社で何やらをぐるぐるまわしてみたり、アー楽しい。その内に沈静すると思うが、しばらく離れていた今は京都渇望中。とりあえず12月は京都のゲストハウスに住むことになった。