ゲストハウス双六

通勤のため 2週間 京都のゲストハウスに暮らした。

京都のゲストハウスというと、異邦人と交流とか町家風とかそれぞれ趣向があるんだろうけれど、1泊2千円の安さで選んだそこは元男子学生寮。廊下は体重によって浮き沈みし、階段のステップはスライドし、四畳半の部屋はそこはかとなく臭い。せんべい布団には虫が這っていた。21世紀 30代半ばになってこんな昭和フォークソング暮らしをするとは…人生すごろく何コマ戻ったのやら。あたたかなストーブと窓から見える比叡山が慰めであった。
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1週間が経過しいろいろと慣れた頃、隣室のイビキ氏から「灯油いりませんか」と声をかけられた。本日発つとか。はじめに大家さんから買った灯油は寒波のなか激減していたので、ありがたく頂戴した、18Lも。イビキ氏、すごい鼾をかくだけあって豪胆である。そんなヤミ取引を経て私は石油王となりあがる。
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滞在日も残りわずかとなって私は後継者に悩んでいた。残った灯油15Lを誰にあげようか。滞在者たちはあいさつもしないし、会えば虫のように自室に隠れてしまう。
乏しい候補の中から朝洗面で会う人を選んだ。はじめは「おはよう」と言っても返答なかったのだが、そのうち「オ、ハ、イ、オ」とたどたどしく返事してくれるようになった可愛い東南アジアの女性だ。しかし石油譲渡を申し出るとNoとの回答。彼女は京大に通う夫がいて今こちらに滞在しているが今週末には移るから、とのことだった(出身地や夫の素性があいまいなのは私の英語力のためである)。
そこで台所で時々会う イツモ・カレー君にあげた。カレー君は「まじすか」とたいそう喜び、私が灯油缶を持ってよろよろとスライド階段を降りるのを無邪気に眺めていた。彼は高校生で実家が海外にあるため普段は寮にいるが部活のためゲストハウスに滞在しているそうな(日本語ながら謎だらけだ)。
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ゲストハウスらしい交流もたしなみ ようやく元のコマに戻る。あわよくば妻への感謝喚起、という策略もあったのだが、逆に私がじぶんちと火と塩のありがたみを感じることになった。それにしても京都の朝はすばらしかった。